50年、100年後にあるべき街の姿がここに!
清流と緑と人が共存し合う日野市

2つの一級河川「多摩川」と「浅川」が流れる日野市。宿場町として栄えた歴史や、田畑や自然が色濃く残る光景は、市内に巡らされた用水路や豊富な水源によって築かれてきました。また市内にはアユやホタルといった綺麗な水辺にしか住まない生き物が暮らし、その自然環境の下で、子どもたちも元気にたくましく成長しています。

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清流と緑が作り上げてきた歴史深い街・日野市

多摩川と浅川、2つの河川が流れる日野市。昔からその豊富な水量に潤う水と「水と緑の街」として親しまれてきました。市内には「日野用水」や「豊田用水」をはじめとする数多くの用水路が網の目のように巡らされており、かつては多摩の米蔵といわれるほど、米づくりが盛んに行われていました。現在では果樹・野菜の生産地となっています。

灌漑の歴史く、永禄10(1567)年の戦国時代までさかのぼります。用水路が造られたことで、人々が集まるようになり、やがて甲州街道沿いの宿場町・日野宿としても栄えるようになりました。母屋や蔵の残る旧家や家並みなど、今でもその名残がみられます。また石積みされた護岸が随所にあり、かつて50基以上あった水車を新造した「水車堀公園」や「向島用水」は、昭和以前の田園風景を感じさせてくれます。さらに野菜などの洗い場として使用されていた「カワド」や富士山信仰の参拝者が身を清めた「精進場」など、文化的に見ても貴重な景色を都下に残しています。

そんな清流との関わりが深い日野市は、「日野宿再生計画」に基づき平成18(2006)年より観光化を実行。その一環として、大昌寺から第一小学校脇の用水路を、かつてのように開渠(かいきょ)とし、日野の原風景を再び蘇らせました。こうした活動の他にも、水環境に関する情報や取り組みをお知らせする「清流NEWS」の発行や、いつまでも残すべき水辺の風景「水都・日野 水辺のある風景 日野50選」を選定。また行政だけでなく市民団体による水辺環境の勉強会や意見交換会が盛んに行われています。日野の宝である河川、用水を後世に残し、“子どもから大人まで共有できる夢のある街”としてあり続けています。

豊かな水源と、自然の中で育む人と生き物の命

日野市における水源環境保全の動きが活発になった理由は、高度経済成長期の水質悪化にありました。以来、40年以上の歳月をかけて、かつてのような環境が復活。今では水辺の生き物が帰り、アユの遡上が見られるようになりました。また市内数カ所でホタルの生息も確認され、着実に生態系が戻りつつあることが伺えます。このような場所では、子どもたちの生き物観察に役立つほか、命の大切さや水・環境の大切さが学べます。

また、こうした清流の恩恵を受けた日野の大自然は、都会ではなかなか感じることができない食への関心を子どもたちに与えてくれます。実際に自らの目で見て、手で触れ、米づくりや野菜づくりを体験。食べ物がコンビニやスーパーなどで簡単に買えるものではなく、弛まぬ努力と長い時間をかけて生産されていることを直に教えてくれます。

さらに、日野市内各所には水が湧き、「東京都の名湧水57選」に選ばれたスポットが3カ所も点在しています。その一つ「黒川清流公園」は、木々が生い茂る緑地内にあり、湧水の池や小川が流れています。市民憩いの場として人気が高く、夏には蝉の声や水遊びをする子どもたちの声がにぎやかに聞こえ、大自然の中で子どもたちはたくましく成長していきます。

このように昔から日野の人々は、”清流と緑”の恩恵を受けて暮らしてきました。そして、この暮らしを未来へと残すために、自然環境保全への努力も積極的に行っています。50年後、100年後に自分の子孫が、今と変わらない光景の中で成長することは、とても素敵なことですね。